【ミニ特集】「不死鳥の寺」三井寺に泊まる:(3)3つの「龍」の伝説を巡る。

1300年の歴史を持つ「三井寺」。
ひとつひとつの建物に意味があり、ひとつひとつの場所に伝説や逸話がある。
全部探りたい、でも全部探るには深すぎる。仕方ない。今回はテーマを「龍」に絞ろう。
「和空 三井寺」に泊まるならぜひ知っておいて欲しい「三井寺」の「龍」に関わる伝説3つです。
 

(1)三井の晩鐘は「龍神」のために鳴り響く

「日本三名鐘のひとつ」「近江八景のひとつ」「国の重要文化財」、称える言葉の尽きない「三井の晩鐘」。

その佇まい、真正面に立つだけで心洗われるようですが、ダメです! 正面に立つだけではもったいないんです。
ここはぜひ、裏に廻ってみてください。
裏に廻ると気づくはず。

・・・な、鳴らせる!
鳴らして良いのか?
「重要文化財」だよ!?

ちょっとドキドキしますが、良いんです。
冥加料をお納めすれば、琵琶湖に響けとばかりに高らかな音を鳴らすことができます。

鳴り渡る音は災厄を振り払ってくれますが、実は琵琶湖の「龍神」へのメッセージにもなっているのです。

かつてこの地には心優しい漁師と結ばれ、赤ん坊を生んだ女性がいました。
女性の正体、実は琵琶湖の龍神。
美しい龍神は我が子が無事に育つように自分の瞳を与えます。
はじめにひとつ。そしてもうひとつ。
両目を失い琵琶湖に戻った龍神にはもう夫や我が子の姿を見ることはできません。
盲目となった龍神はふたりの無事を確かめるために、毎日鐘を鳴らして欲しいと願ったのです。

だから今でも三井寺では龍神のために鐘を鳴らします。
「除夜の鐘」が百八を超えて鳴らされるのも、龍神のためだそうです。

詳しい物語は「三井の晩鐘」の傍にも書かれています。
美しくも切ない「龍神」を思い「三井の晩鐘」を衝いてみてはいかがでしょうか。

 

(2)夜な夜な抜け出しては琵琶湖で暴れた「龍」

次の伝説の「龍」は「三井寺」の名の由来になった霊泉の上にいます。

古代、大津に都を造った天智天皇。
天智天皇の弟で古代最大の内乱と呼ばれる壬申の乱に勝利した天武天皇。
天武天皇の妻にして天智天皇の皇女でもあった女帝・持統天皇。

この三代の天皇が産湯とした霊泉があることから名付けられたのが「御井寺」、転じて「三井寺」です。

金堂の横にある「閼伽井屋」。
格子の向こうに注連縄の張られた岩が見えます。その下から今もこぽこぽと湧き出しているのが古代天皇の産湯に使われた霊泉です。

格子の向こうから漂ってくる神秘的な雰囲気。
見つめ続けるのは失礼だ、という気にすらなってくるのでそろそろ視線を上げると。

頭上に・・・!
迫力ある龍が・・・!

梁の上、蟇股と呼ばれる部分にどしっと居座る「龍」。
彫刻したのは日光東照宮の「眠り猫」などでも有名な江戸時代の名工・左甚五郎。
あまりにも巧みな技のため、彫につけたものが魂を持ってしまうとすら言われる左甚五郎の作。

「閼伽井屋」の「龍」も魂を持ってしまったのか、かつては夜な夜な抜け出し琵琶湖で暴れまわっていたとか。
そこで左甚五郎は、自ら「龍」の瞳に五寸釘を打ち込んだと伝わっています。

どうやらそれ以来「龍」は逃げ出すことなく、おとなしく霊泉を見守っているかのようです。

 

(3)橋から立ち上る雲が救った「龍」の文字を持つ寺

3つ目の「龍」を巡る伝説に「龍」は出てきません。
出てくるのは「龍」の名を持つ寺。長安にある「青龍寺」。
そう、あの「青龍寺」です。

かつて弘法大師・空海が授法し、「三井寺」中興の祖である智証大師・円珍が秘法を授かった「青龍寺」。
密教にとっても、「三井寺」にとっても、大切な寺院。

はるか長安にある、その「青龍寺」が燃えている--。

あるときこの橋を渡っていた智証大師・円珍は、そうはっきりと感じ取ったのです。

大師がすぐさま「閼伽井の水」をまくと、橋の下から沸き起こった村雲が長安のある西の空に向かって飛び去りました。

やがて「青龍寺」からは、炎を鎮火してくれたことへのお礼が届けられたといいます。
智証大師・円珍のフシギな力を物語る伝説の場所が、この「村雲橋」です。

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◎【ミニ特集】「不死鳥の寺」三井寺に泊まる:
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今後のラインナップ予定
「鯉と孔雀」「智証大師・円珍」「周辺散策」など

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